プーアル熟茶 ~誕生と伝説~
2021/10/08

今年は10月8日から始まる

「寒露」

晩夏から秋にかけて野草に宿る冷たい露のこと。

秋雨長い時期が終わり、本格的に秋が始まります。このころになると五穀の収穫もたけなわで、農家の繁忙を迎えるそうです。

肌寒さを感じる季節になりますね。

寒さを温めるホットな歴史や伝説をご紹介します。

楽庵といえばプーアル茶!

そんなプーアル茶の熟茶誕生の伝説をおひとつ…

中国の「清」の乾隆皇帝が治めていた時代のお話です。

普洱府で営業をしていた濮氏茶庄(ボクシチャソ)が作ったプーアル茶は朝廷に献上するお茶に指名された。

ある年、濮氏茶庄の主人が病で倒れ、代わりに若い息子が普洱府からの護衛の羅(ラ)大尉と共にプーアル茶を献上しに行きました。

だがしかし、若い息子に災難な出来事がおこる。

その年、春雨に時期がいつもより長引き、皇帝のいる北京まで4か月かけて運び到着したが、なんとプーアル茶の色は緑白色から褐色に、雨と湿気の影響で変色してしまいました。

お供していた羅大尉は驚き、首をはねられるのを覚悟し、恐る恐る褐色のプーアル茶を献上しました。

そして、朝廷の御茶房でお茶を淹れると、茶湯の色は澄み、宝石のような赤色で瑪瑙色より鮮やかで、乾隆皇帝は一口味わいこのプーアル茶に大絶賛した。

そうして、濮氏茶庄は皇帝から感謝の品物をいただきました。

濮氏茶庄は、その後、この変色したプーアル茶の発酵技術を研究し、その技術を習得。

その技術は、代々受け継がれていきました。

これが、熟茶の始まりと言われており、

偶然の出来事から生み出されたのでした。

乾隆皇帝は、プーアル茶を嗜好し、御制詩(皇帝の作詩)『烹雪用前韵』の中で「湧き水でお茶を作ったならば、そのお茶の味は独特で、しかも深みのあり強く、ほかのお茶とは比べることができないほどだ。」と詠んだ。

清朝宮廷記録によると、乾隆皇帝が毎日必ず飲むのは、朝鮮人参スープ、ツバメの巣スープとプーアル茶であったそうです。

乾隆帝は、お茶が好きな皇帝として有名です。

彼の詩では、

「君不可一日無茶」

(君主にとってお茶は一日も欠かせない)と書かれているほどです。

一日のお茶に欠かさず飲まれていたお茶の中には、プーアル茶があったのかもしれませんね。

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